2020年1月、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム第50回年次総会は、「ステークホルダー資本主義」を中心に据え、サステナビリティが前例にない程の注目を集めた会議となりました。

私は2005年以来ずっと本フォーラムに参加してきました。15年たった今日、サステナブル・ビジネス(あるいは責任ある資本主義)がここまでの注目を浴びることになるとは、毎年1月厳寒のアルプスで行われてきたこれまでのフォーラムの道程を思い起こして感慨もひとしおです。

思えばこれまでさまざまな出来事がありました。2005年当時、気候変動に関する議論はまだ少なく、映画「不都合な真実」の公開前に行われたアル・ゴア氏のセッションの参加者も、決して多くありませんでした。 人権についての議論はほとんどされておらず、LGBTの問題も取り上げられることはありませんでした。 グレタ・トゥーンベリさんのご両親は、当時2歳だったお嬢さんが、今日17歳にして最も影響力ある発言者としてこの世界会議に登場することを想像できたでしょうか。

今年、ダボスでの1週間の会議を通じ、さまざまな新しい取り組みや発表に触れることができて、たいへん心強く思います。特に注目に値するのは、環境、社会、ガバナンス(ESG)報告と開示フレームワークの同一化に向けた取り組みです。これは、サステナビリティ界のちょっとした「聖杯」ともいえるのではないでしょうか。

この取り組みは今後のサステナビリティにとって重要なターニングポイントとなる可能性がありますが、そのためには、サステナブルな価値創造のための基本原則が「一般に認められる国際会計基準」となっていくことが必要です。

最新の取り組みとして、100社を超えるグローバル企業のCEOが一同に会した世界経済フォーラムの国際ビジネス評議会(IBC)によって発表されたレポートが挙げられます。 「サステナブルな価値創造の共通指標と一貫性ある報告に向けて」Toward Common Metrics and Consistent Reporting of Sustainable Value Creationと題したこのレポートは、ビジネスそしてより広範囲にわたるサステナブルなパフォーマンスに対する認識の高まりと、無数の格付けやランキングのレポートや開示フレームワークの混乱による不満の高まりを反映したものです。

国際ビジネス評議会(IBC)の取り組みは、もはや信頼されなくなった株主資本主義モデルのみを前提とするのではなく、企業が及ぼす社会へのインパクトの評価に真剣に目を向ける時が来た兆候として歓迎すべきものです。

この取り組みは今後のサステナビリティにとって重要なターニングポイントとなる可能性がありますが、そのためには、サステナブルな価値創造のための基本原則が「一般に認められる国際会計基準」となっていくことが必要です。この取り組みのコアとなるべき基本原則とそれに付随する考察は次のとおりです。

マテリアルかつ野心的であること

企業のサステナビリティ・パフォーマンスに関して、投資家にとって重要性のある(マテリアルな)共通のベースライン(基準値)を設定することは大きな価値があります。 このベースライン設定において大切なのは、最低限の意見の集約にとどめてはならないということです。国際ビジネス評議会(IBC)は、納税に関する情報開示の課題に取り組む中でも、このことを理解しているように見受けられ、前向きな第一歩であるといえます。 すべてのテーマに関するベースライン設定において、野心的に取り組むことが重要です。

包括的で信頼できること

既存のサステナビリティ報告基準の策定者からは、この新たな取り組みに対して高い関心と共に、多くの不満の声も聞かれています。 国際ビジネス評議会(IBC)は、これらの組織のこれまでの取り組みを考慮し、取り入れていく必要があります。広範囲な社会の見識に充分配慮しなければ、企業の報告書や企業上場の要件にサステナブルな価値の創造を取り込む試みは実現しないでしょう。市場主導の取り組みが、より広い情報開示に向けた取り組みを軽視すれば、多くを達成することはできません。このレポートが、これまでのGRI (グローバル・レポーティング・イニシアティブ)、SASB (サステナビリティ会計基準審議会)、TCFD (気候関連情報開示タスクフォース)、IIRC (国際統合報告委員会)などによる作業に加えて、広く認知されている国連のビジネスと人権に関する指導原則などのフレームワークを幅広く取り入れていることを心強く感じました。また同様に、ビッグ4と称される世界の会計事務所が、この取り組みの適切なパートナーであるかどうかについては疑問が残ります。これらの会計事務所には、ビジネス全般に関する膨大な専門知識と企業からの高い信頼性がありますが、より幅広い市民社会からの信頼性と全ての知識を有しているかどうかについては議論の余地があるでしょう。

一貫性と柔軟性

国際ビジネス評議会(IBC)の提案は、コア指標と拡張的な指標を組み合わせたものです。これはさまざまな理由から、とても重要なものです。第一に、すべての企業に対して報告が求められる「共通コア」が不可欠です。このレポートが気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提案を取り入れていることは、内容や程度に違いがあるにせよ、気候変動がすべての企業にとって重要事項であることの証でもあります。また、サステナブル・ビジネスの本質は、常に進化し続けるビジネスと社会の重なり合う部分への対応の必要性です。 過去5年間の例を挙げると、海洋プラスチック規制の認識の高まりや、LBGTIの権利に対する支援の必要性が認識されたことで、企業の課題が急増しました。つまりビジネスは新たな課題を継続的に探索し、対処する必要があるのです。ここでの時間軸は重要です。今日、必要とされ適切だと考えられるものは2050年にはもちろん、今後5年間においてすら様変わりします。新たな報告モデルにおいても、今日のニーズと将来のニーズのバランスをとる必要があるのです。これはサステナビリティの本質であるといえるでしょう。

ESGの「S」はSilentの「S」ではありません

社会的課題は、多様な社会規範と法律を反映しているため、対処には他の多くの課題よりも困難が伴います。 多くの場合、課題は定量的ではなく定性的に測定されます。 気候変動のジェンダーに及ぼす影響などの問題への「横断的対応」は不可欠ですが、実際に効果を測定することはとても困難です。 ただし多くの場合、課題に取り組むことで、企業の資産価値の重要な要素である企業パフォーマンスとブランド価値に大きな影響を与えます。

ガバナンスの課題

どのようなフレームワークであれ、こうした課題の重要性を取締役会が真に理解して経営視点に取り入れるためのコーポレート・ガバナンスが機能しなければ、試みは机上の空論で終わってしまいます。公に発言されることはないものの、ダボス会議では、ESGや社会的側面の課題を理解するための取締役会における専門知識と意志が乏しいことが指摘されました。このフレームワークの実現に向けて、取締役会の腕前を披露してもらうための努力が不可欠です。

2020年代というこの重要な10年間で、企業の業績報告とその測定方法が大きく変化していくことはほぼ間違いありません。 世界、そして企業のCEO、取締役会、投資家も同様にそのことを必要としています。国際ビジネス評議会(IBC)が作り出そうとしている取り組みが、今後の改革の基盤を提供できるかどうかは、ここで策定された原則がしっかりとかつオープンに推進されるかどうかにかかっています。 最初の兆候は良好です。しかし今後まだ、多くのことを行う必要があるのです。